主な作品紹介

        主 な 作 品 紹 介

 

昭和45年 ・ 静岡県島田市(旧金谷町) 洞善院へ観音像を寄進
・ 病死した両親の供養の為20年かけて作成しました
・ 立像 2m80p   無事観音菩薩と名ずける


無事観音像

五和新聞

五和

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平成4年 受験合格を祈願して地蔵堂建立
旧東海道金谷坂石畳 すべらず地蔵 開眼法要


 

五和

 

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平成4年 1木2観音の目的

1本の巨木から2体の観音像(高さ2m50)を彫り日本と中国へ寄進して日中友好の目的で制作する。(大阪の仏教大学にお勤めの方の依頼です) 1体目の観音像は中国浙江省舟山市の普陀山へ。普陀山は中国仏教4大名山の1つで中国最大の観音霊場です。1200年前、日本の僧 慧咢(エガク)和尚によって開山されました。今では寺に1000人の僧と年間400万人の参拝者があり、寄進した観音像は慧咢(エガク)記念堂に安置されています。

 

2体目の観音像は京都宇治の黄檗山萬福寺(萬福寺を開山された隠元禅師は中国普陀山で出家されました)の塔頭で瑞光院です。瑞光院に隠元禅師の念持仏があり、この念持仏を新しい観音の体内仏にしました。いつでも誰にでも参拝できるように瑞光院の表門横に新しく観音堂を建立。天井画は日本水墨画南画会長の直原玉青画伯の2大龍王画です。

 

中国仏教4大名山の1つ 中国最大の観音霊場 普陀山

 

観音像が安置されている西方浄苑入口
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    観 音 像 

 

  平成8年 中国最大の観音霊場 普陀山

慧咢(エガク)記念堂に安置された観音像

慧咢(エガク)は平安時代前期の僧で唐と日本間を何回も往復したことで知られる。858年に五台山から得た観音像を日本に持って帰ろうとしたが、普陀山で船が進まなくなった。観音像を下ろしたところ船が動くようになったため、普陀山に寺を建ててその観音像を安置したという。この観音は、唐から外に行こうとしなかったことから不肯去(ふこうきょかんのん)と呼ばれた。

平成24年5月 普陀山へ再訪問
普陀山僧侶の長との面談
自身が安置したえがく記念堂観音像の記録映像です

平成13年 京都宇治 黄檗山萬福寺
塔頭 瑞光院に安置 観音像 
       五和

 

 平成26年 島田市大井川鉄道 五和駅
   駅舎に合格地蔵を安置 

 

  五和        五和    

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